13周年を無事迎えました。【GFMG】

甥っ子のシンノスケは2歳なのですが、ドリブルやシュート、キャッチボールが上手です。
真っ直ぐ投げてくれるのでとても楽です。

 

球技が好きなんだろうなーと思うのですが、なんせキャッチの時に目も瞑らずに怖がわらずにスッとやってのけるのを見て、

「天才かもしれないな」

と身内特有の依怙贔屓目が出て、なんとなくインスタとかFacebookに自分の子のナイスプレーやハンドリング姿を載せる親の気持ちが少しだけわかった

 

どうも、2号です。

 

実はナイスプレーやハンドリングを載せられても、反応に困ったりしています。

 

 

関西人の性でハンドリングの途中で失敗して顔面にボールが当たるオチとか期待してしまうのです。

悪いクセ。

 

(でもほんとに、今のミニバスプレーヤーはドリブルやハンドリングが上手ですごいなぁと感心してます。)

TDLに初めて行ったとき、並んでいると後ろの人の話し声が聞こえてきて

「ずっと、寒いよねー」
「これからちょっと間、寒いらしいよー」
「嫌だよねー」
「ねー」

 

うん、ほんで?ほんで?

 

 

 

え!?
終わり!?

 

 

 

最後に「寒すぎてヒートテック5枚着てるもん」「着すぎやん」「嘘やん」「嘘かい」「ほんまは10枚」「っえー!!」

という感じに進んでほしい。

ブラジル人のサッカーみたいなもんなんで、関西人は日常会話にオチがちなのです。

 

そんな関西人のワタシたちGRIN★FACTORYですが、今年はCOVID-19(新型コロナウィルス)には笑えない状況に陥らされました。

正直4月5月くらいは「倒産するかもねー」と半分冗談、半分本気で言ってたくらいで(半分以上本気だったかも)
バスケットボールどころでないのも良くわかっていたし、誰も悪くないのですが、でも祈るだけでは食べていけませんし。

八方塞がりってこういうことなんだろうな。ということでした。

漂ってたなぁ閉塞感。

 

今はBリーグも開幕するなど、少しずつ風穴が開いて、空気が入ってきて世の中も動きはじめて、
GRIN★FACTORYもありがたいことに、最近は忙しくさせてもらっています。

 

GRIN FACTORY通信(商品発送時に同封している)にも書いたのですが、
10年後に生き残っている会社は全体の6.3%、20年後には0.3%。

 

100社あったら10年後には10社残っていないという。。

 

そんな中、この
2020年10月1日にGRINFACTORYは

13周年を迎えることができました。

 

めでたい!

今回は本当に危なかったよ!

めでたいよ!

 

 

ということで記念Tシャツ出てます!結構前にできてはいたのですが、なかなかお知らせできず。
10月の新作さんは13周年記念品となってます(^^)

びっくりしたのは
出品はしていましたが見つけにくい感じになったままだったのに購入してくれたツワモノもいてくださり
ありがたい限りです。

追加で出品されるとすれば、トートバッグとかかなと思っています。←自分がほしい

 

■練習着

<ドライ半袖>

ブルーじゃなくて、アイスグレーという色味にご注目。

 

グリン王子無しでは13周年は迎えられなかったのでやはりメインにもってきました。

 

<ドライ長袖>

背中で語る系の人は背面プリント大きめをおすすめ。

 

前面大きいパターン。グリン王子と一緒に練習に励めます。

 

■移動着(普段着)

<コットン半袖>

どの色も味のある色味です。

 

<コットン長袖>

袖にリブががきっちりあるので、腕まくりしたときにキュッと留まってくれていい感じです。

 

 

■デザイン

 

販売期間は2020年11月末日まで。

 

 

私は162センチ中肉中背でコットンTはSサイズを選んでます。工場長は167.8センチのガッチリ系でMサイズです。

ドライ系は私はM、工場長はLサイズです。

 

 

 

まだまだ大変な状況ですが、悲しい事件も後を立ちませんが、これからも一緒に頑張っていきましょうね。

今回のデザインは、色がカラフルで楽しい気持ちになるなーと思っています(^^)
去年は確かかっこいいはずだったので今年はPOPに明るい感じです。

 

PS:父がすぐ名前を書くので困っています。

 

 

 

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この記事を書いた人

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部)

小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。

大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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