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あれから19年も経つんですね。~阪神淡路大震災【GFMG】

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電車の乗り継ぎがうまくいって

小さい幸せを噛みしめている

 

どうも2号です。

 

今日は19年前阪神淡路大震災が起こった日ですね。

 

もうそんな経ちますか。。

 

当時小学生だった私は被災地区に当たる

阪神間に住んでいたため 家が半壊となりました。

 

3人兄弟なので3段ベッドでそれぞれ寝ていたのですが、

凄い勢いでベッドが揺れたのを覚えています。

下からすごい力で突かれたような。

 

また誰かの悪戯かな?くらいに思っていたのですが、

父と母の真剣な顔に、テーブルの下で3兄妹はくっついて 息を潜めていました。

 

でも辺りは真っ暗。 電気も点かない。

一体家の中がどうなっているのか。

それすら分からない。

ましてや外の状況なんてその時は考えも及びませんでした。

 

ただただ、すぐ横に転がっている大量の割れたお皿の破片の間に落ちてる 柿の種を見て

「もったいないなー」 とぼんやり眺めていました。

 

そんな時

「助けてー」

と私の名前を呼んで助けを求める声がしました。

 

一緒に暮らしていたおばあちゃんです。

 

箪笥の下敷きになって這い出せないのと、

部屋の出入り口のふすまが 曲がってしまってこちらから部屋に入れない事態。

暗くてなかなか救出作業がうまく進まない。

何とか救出して一家は余震の恐怖の中、 テーブルの下に小さくなっていました。

 

だんだんと太陽が昇り、やっと部屋の中の状態が見えてきました。

 

ほぼすべての家財道具が倒れ、何と外壁が歪み家のドアが開かない。

「え、家から出れない」

やっと思いで父がこじ開けると、、

コンクリートで作られた階段がボロボロ。。 鉄骨がむき出し。。

団地の4Fに住んでいた私は

「これ、階段崩れて下に落ちたりしないの?」

と 少しビクビクしながら階段をおりました。

 

地面は液状化現象でボコボコ。

水がたくさんあふれ出てる。

 

 

一体何が起こった??

 

 

水が出なくなる

 

トイレが流れない

お風呂に入れない

手も洗えない

 

ガスが出なくなる

 

暖かいご飯が食べれなくなる

暖かいお風呂に入れなくなる

 

電気が点かなくなる

 

TVが見れなくなる

音楽が聞けなくなる

電話ができなくなる

 

学校に行けなくなる

学校は避難所に代わる

 

友達と遊べなくなる

公園は仮設住宅でいっぱい

 

外で遊べなくなる

平坦な道がないのです

 

 

当たり前が当たり前にできなくる。

 

 

友達や親しい人たちが場所を去る。

 

 

友達や親しい人たちが亡くなる。

 

 

「地震ってこうゆうこと」

 

 

身を持って体験しました。

 

毎日自衛隊やボランティアの人たちが運んでくる水を汲みに

バケツやタンクを持っていく。

 

いっぱいに入れてもらうのに、

帰るまでにこぼれて 家に着くころ半分くらい減ってしまう。

 

それでも何回も汲みにいく。

 

水を飲むため、使うために。

 

ご飯が無いので炊き出しや配給に並ぶ。

 

食べるために。

 

 

全ては生きるために。

 

 

色んな方に助けられて、震災を乗り越えられました。

 

自衛隊が作ってくれた銭湯は きっと被災していないと入れない貴重な体験。

とてつもなく大きい迷彩柄のテントの中に湯船やシャワーがあるんです。

 

これは自衛隊の人が海外に派遣したときとかに 使う仮設銭湯。

でもとっても大きくて、久しぶりに入ったお風呂は とても暖かかった。

 

湯冷めしないよう母親が必死に自転車を家まで漕いでくれました。

 

水汲みの日々。

近所のお兄さんお姉さんが水のバケツを半分持ってくれました。

私はまだ小さい妹のバケツを半分持ちます。

 

助け合って、助けてもらったこと。

 

忘れずにこれからも生きていかなくてはと。

 

亡くなった友人の分もしっかり生きなくてはと。

 

助けてくださった方、ありがとうございます。

 

今度は自分が誰かを助けられるよう力をつけないとと

改めて感じる日です。

 

 

東日本大震災の時に作ったチャリTは残り4枚になりました。

469枚作りました。

2500円の売り上げのうち1000円を義捐金に回すというもの。

沢山の方にご賛同いただき残り4枚。

(ブラック XL 2枚 ホワイト XS 1枚 イエロー XS 1枚)

GRIN★FACTORYの周りには「なんかせな!」と

集ってくれた方が沢山いらっしゃることが嬉しいです。

 

今はいろんな形で東北の方を応援することができます。

現地に旅行に行くのも良いでしょう。

 

G★Fが当時「今できることは何か」と考え行動したこのチャリT企画。

(私はまだ入社前)

 

今できることは何か。

考え続けなければいけませんね。

 

※現在このチャリTは楽天市場店でのみ販売しておりますが、

直接ご連絡いただければ本店でもお買い上げ企画賛同可能です。

 

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GRIN★FACTORY工場長&2号が、現役選手としてこうありたいという想いを 日々綴るバスケブログです。
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G★F2号

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部) 小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。 大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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