【GFMG】次こそは!

定期落としました。

 

  ICOCAなので次の日には再発行できると思っていましたが、

SMART ICOCAなので再発行まで時間がかかるということ。

しかも、引っ越したのにカード会社に住所変更届けてなくて、

住所変更してからなので更に時間がかかるらしい。

往復で軽く1500円を費やしている、

どうも2号です。

 

定期よりも7年ほど使い続けていたパスケースが戻ってこないのが すごく悲しい。

とても愛着があったので。。

試合にも負けるし、定期落とすし、どっちも自分が悪いので、

どうしようもないのですが。。

 

 

そんなことより、錦織圭選手、決勝までいきましたね!!

全米オープン男子シングルスでジョコビッチを破り決勝進出を決め、跳び上がって喜ぶ錦織圭=ニューヨークで(ゲッティ=共同)

全米オープン男子シングルスでジョコビッチを破り決勝進出を決め、跳び上がって喜ぶ錦織圭=ニューヨークで(ゲッティ=共同)

  今朝決勝が行われ、好調だったチリッチに0-3で負けてしまったようですが、

またきっと決勝の舞台に戻ってきてくれるはずです。

 

もう何十年も日本テニス界、特に男子は有名な選手がいませんでしたよね。

 

私が知ってるのは「熱い、熱すぎる男 松岡修三」さんくらいでした。

松岡さんが日本から居なくなると日本列島が寒くなる逸話。笑

最近ではパンパシフィック水泳2014でオーストラリアに行っていたから その期間日本は涼しかったとか。

ソチ五輪でも修造さんが日本を離れロシアに着くと、 ロシアが冬季五輪中にもかかわらず雪不足の心配がされるほどの暑さになったとか。。

そんな松岡さんの成績(ウィンブルドンはベスト8)を飛び越えて行ったのは

「エアー圭」こと錦織圭選手。

身長178㎝、リーチも歩幅も海外の選手に劣ります。

(ちなみに修造さんの身長は188㎝)

 

それをどうやって克服していくか。

体格をカバーしようとすると動く量が増え、

今まで怪我で棄権することも 少なくありませんでした。

考えたら4時間超える試合を何日も闘うんですもんね。。

 

だから体の大きい外国人選手が、長いリーチ、長い歩幅でプレーできることは 小さいことの積み重ねで、

4時間もすると体への負担は大きく違ってくるのだと思います。

 

高い位置から振り落とされるラケットから出される230キロの強烈なサーブ。。

私なら避けます。

 

きっと錦織選手も世界の壁にくじけそうになった時期もあったと思います。

 

でも勝ちたい気持ちはやはりそれより高かったのだと思います。

現在、錦織選手のコーチを務めているのはマイケル・チャンさんです。

 

マイケル・チャンさんは全仏オープン男子シングルスで17歳3ヶ月で優勝し

大会最年少優勝記録を樹立しました。そして未だにその記録は破られていません。

ちなみにテニスのグランドスラム※は ・全豪オープン ・全仏オープン ・ウィンブルドン選手権 ・全米オープン

※グランドスラム(英: Grand Slam)とは、主要なものをすべて制覇した場合に用いられる言葉。(wiki) マイケル・チャン氏はそのうちの1つを制しました。

 

  マイケル・チャンコーチの身長は175㎝。 錦織選手より3㎝もさらに小柄です。

  そのマイケル・チャンコーチがどうやって全仏オープンで優勝したのか。

彼の持ち味は、粘るプレースタイル。

まるでマラソンのようだと言われていました。

 

先日、錦織選手が準決勝で世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチを破った際、

アメリカの紙面に 「マラソン・マン」と称されていました。

 

「まるでマイケル・チャン」だと。

 

この、粘るスタイルは個人的にとても日本人向けだと思います。

バレーもサービスエースがバシバシ決まる試合よりもレシーブで繋いで繋いで、

粘れる試合の方が有利に運べている気がします。

 

マイケル・チャンコーチが錦織選手のコーチを引き受けたのは

彼の「勝ちたい」という気持ちがとても強かったからだと言っていました。

その気持ちが粘りを生むと確信したからコーチを引き受けたのだと思います。

 

マイケル・チャンコーチと錦織選手の練習内容は、まるで「部活」だそうです。

 

何回も何十回も何百回も、何時間もずーっと同じ事を繰り返し繰り返し練習する。

 

コーチが打つ球を返す。 その繰り返し。 基本の繰り返し。

練習開始当初は1日10個は直しが入ったそうです。

 

「泣きそうでう。でも、頑張ります」

とブログには綴られていました。

 

錦織選手は今までイライラしたり、うまくいかないことが続くとそれがそのまま プレーに出てしまうことがありました。

 

それが今回、ミスしても平気な顔で立ち直り、前へ前へ思考が向いていたように思います。

 

  絶対的な練習量が精神の安定と自信を付けてくれたのだと思います

 

また、その練習の繰り返しで身についたフットワークで

試合での走行距離が1番短かったと発表されました。

相手の打つコースを予測することで、走る距離を最小限に抑えられます。

 

小柄な錦織選手が大型選手と互角に戦えるのは、

世界一のフットワークと その省エネ走法にも要因があると言われています。

 

  バスケでも、大きな選手を小さい選手が守るには、大きい選手より早く

反応しコースを防ぐことが重要になるかと思います。

 

後手後手になることほど、振り回されてしんどいことはありません。

ディフェンスはゆっくりでも速くでも、

オフェンスより早く良いポジションに移動しなければ なりません。

 

どこがピンチでどこがチャンスか瞬時に判断しなくてはなりません。

 

  1歩間違えるとナイスディフェンスだし、1歩間違えるとオフェンスのナイスプレーになります。

 

  この判断はどのように磨くか。

 

これは経験でしかありません。

 

  いつも練習しているチームメイトは止められるけど、

試合になったら止められなかったりするのは 相手に対して経験が少ないからです。

 

経験は練習で補うこともできます。

相手がミートした時のボールのもらい方、癖、利き手なども含め 反復して練習することで、

この時はこうくるかも知れないという考えるオフェンスの選択肢が多くなります。

そして、その選択肢をオフェンスに多く持たれないようにするにはどうすれば

良いか 考え、実行、反復練習することで少しずつ対応できるようになってきます。

 

この選択肢はチームでもっと絞っていくことができます。

これがチームディフェンスだと思います。

コーナーに来たらダブルチームでつぶす、とかピックアンドロールで思い切ってスイッチアップするとか。

 

チームでルールを決めてマイボールにする機会をうかがいます。

 

  テニスは1対1なので、誰にも助けてもらえませんが、

バスケットボールは5対5なので 味方に助けてもらうことができます。

 

自分が1対1では劣る相手のディフェンスをしていても、チームで守れれば問題ありません。

 

  ただし、チーム全体で守れるようになるだけの練習が必要ですが。

(あと、ローテーション練習できるだけの人数が必要。。涙)

 

ローテーションとか練習量がものを言いますもんね。。

  まずは1対1を強くなること。

その後チーム全体の連携を図ること。

ディフェンスよりオフェンスが有利なようにバスケットボールはできています。

 

全てを守ることは難しい。 でも1本1本の積み重ねとても大事ですよね。

 

その1本のために、反復して練習する。

 

錦織選手も230キロのサーブを打ち返すために何百本もレシーブ練習をしたはず。

 

  日本人選手の世界での活躍はいつも元気と勇気と、なにより 「やる気」をもらえます。

次こそは!という気持ちをもらうことができます。   次こそは!

 

  PS:次こそは、猫のう○こ被害を食い止めたい!

私は猫とは闘います(愛護団体に言われないよう正々堂々と)

が、 う○ことは闘えません。   臭すぎる。完敗。。 任せた。。

腰の入り方が嫌々。

腰の入り方が嫌々。

 

  PS2:白のロンティが数えてみると沢山在庫がありました。

白のロンティは重ね着するのも、下とあわせるのにもベンリですよ。

 

 

PS3:次は前半でファウル3つもしない!どんな審判であっても!

全て自分のせいなのだから。 練習しよ!それしか思いつかない!

 

 

【GFMGは、バスケットボールブログです。】
GRIN★FACTORY工場長&2号が、現役選手としてこうありたいという想いを 日々綴るバスケブログです。
ミニバス選手や中高バスケ選手とその保護者さんにもコメントやメールを沢山頂き、
私たちも励まされています!
ぜひ、ひと味違うバスケウェアブランドGRIN★FACTORYのブログ、お楽しみ下さい。

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この記事を書いた人

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部)

小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。

大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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