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どう続けてきたか、どう取り組んできたか②【GFMG】

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吉本問題ではなく、

サコッシュ問題(紐が取れる)に対して、工場の対応があんまりだったため、
違う工場のサコッシュを販売することにしました。

前回の生地より厚めでしっかりしてます。

シャカシャカ生地ではないので汗をかいても肌にくっつかず、とてもいい感じです。
あ、リップストップ生地ってところは前回と同じで耐久性ばっちり。

ピンクと、パープルが無くなり、アーミーグリーンが新色で登場!

詳しくはコチラ

 

2号
私はアーミーグリーン使う予定

 

 

工場長
工場長はオレンジかな

 

インターハイTシャツも本日無事出来上がって、一息ついている

どうも、2号です。

 

良い感じのができました。

予約し忘れた方は、一生手に入りませんが・・一生後悔してもらったらと思います(ソルト)

 

お待たせしてます、ご予約していただきましたお客さんには本日発送しますよ~♪

 

ネーム入れをご希望された方は来週中の発送となります。今しばしお待ちくださいませ

 

 

さてさて、前回の続き。
本当はずっと前に書き終わっていたんですけどね~。

2号
これは本当だ
工場長
これは?いつもは嘘なのか
2号
・・・・
工場長
え・・??

 

※前回 どう続けてきたか、どう取り組んできたか①

 

バスケが楽しくなくなってしまった大学時代

 

大学生の時、私が何をしていたかと言いますと、バスケと学業とバイトです。

 

週6日でバスケの練習。

土日月どこか2日バイト。

 

練習が終わってからレポート提出のため夜中までPCルームで頑張る。

そんな日々を過ごしていました。

 

バスケ部はだいたい体育会系の学科に行くのですが、ずっとバスケ部の人といるのもしんどい?
面白くない?そんな気がして、当時苦手だったPCを学べる学科に入学しました。

コミュニケーションが得意だったわけではないですが、おんなじ友達とばっかりつるんでいても新しい発見とか、繋がりとか生まれないじゃないですか。
それってなんか損してる気がしてすごい抵抗があるんです。

 

小学校の時とかもずっと同じ友達といるのが苦手で、仲の良い友達はちゃんといたけど所属するグループは無かったから
この考え方は小学校の時から変わってないと思います。

 

大学では、高校バスケ部から一緒の友達がいて、その子はバスケ一筋。
バイトなんてしなかったし学業も、出来るだけ授業を受けないで良いように履修(カリキュラム)を組んでいました。

 

だからか、関西選抜にも選ばれて海外遠征にも行っていたし、ずっとエースでした。(1年生からスタメンだったし)

 

一つのことにどれだけ時間をかけるかで結果が変わってくるんだって、大学の時感じたことを覚えています。

 

2号
一点集中ってやつ。

 

その子は間違いなくバスケをしに大学に行っていたし、結果もきちんと出していました。

 

私は?

特待生で入ったけどバスケに対する熱は、その子と比べるとだいぶ弱火だったと思う。(弱火になっていったっていうのが正確なところ)

 

そのころの私はレギュラーで4年間ユニフォームをもらっていたし、インカレも試合に出させてもらったけど
決してメインではなく、なんなら自分が4回生になる直前に大けがをしてしまい大切な最終学年次が一番試合に出てない気がする。

 

取得するはずだった資格の試験を受けず、頑張って受けていた「司書教諭」(図書室の先生になる免許)の履修も辞めてしまう。

 

2号
中途半端にその子の真似をしようとしてたんかなと。
工場長
中途半端はよくないな
2号
静かに!
工場長
え!涙

 

なんとなく高校教諭の免許取得の履修も忙しくてつらくなったのもあったと思う。
(なんとか高校教諭の免許はGET)

 

バスケ(部活)もして、大学生活も他の一般の部活動やってない子と同じくらい色んなことに挑戦したいとか
普通に時間が足りてなかったのに、まんべんなくできてると思ってた。

 

中途半端な自分に気づいて無かった。

 

 

それでもバスケも学業もバイトも、元来一生懸命することしかできない性格なので力抜くことなく頑張ったと思う。
当時モヤモヤしてたわけではなく、今振り返ったら色々ともったいないところもあったなと思っただけで。

 

いや、少しはモヤモヤしてたこともあったけど、答えなんてわからかった。

 

大人になった今、カラオケでオールしてグデングデンになって早朝まだ暗い空に向かって辛そうに何かに叫んでる大学生を見ると
「あほやなぁ」と思う反面、気持ち少しわかる。

 

答えも、もしかしたら問いさえもよくわからくて、叫びたくなる感じ。
中途半端な自分に叫んでるような、あの感じ。

 

 

でもきちんと卒業できたし、

自力で就職したし(顧問の斡旋なし)、

バイト先ではそこそこ信用(長くいたから)され

素晴らしい友人が沢山できた。

 

今でもバイト時代の友人たちとはとても仲いいし、普通にめちゃくちゃ助けてもらったりずっと繋がってる。

 

バスケの仲間、バイト時代の仲間、学科の仲間、今でも大切な友人たちです。

 

大切なものが多くなった分なのか、大学時代はバスケ、、そんなに好きじゃなかった。。

最優先事項ってわかってるんだけど、、気持ちがついていってかなったっていう方がしっくりくるかな。

 

そしてバスケに対して不完全燃焼のまま社会に出てしまったこともあり、次何を頑張ればいいか分からなくなった社会人1年目

 

バイト先の友人は弁護士を目指していたり、Sonyの開発員になったり、海外へ飛び立つ営業マンになったり、、
そんな一流の国立大出身の彼らと対等に話せていたのは、違う分野「運動(バスケ)」で彼らと同様に切磋琢磨していたからで
社会人になってバスケを辞めた私は「普通の人」になってしまった。そしてそこにきてやっと「何してきたんだろう」となった。

 

バスケにすごく恩恵を受けていたのに、それに気づかずいとも簡単に手放したんだなっていう感じ。

 

そして何より仕事が自分に合ってないことに1年目に気づいてしまった。笑
(なんというか会社の体質とか)

 

好きじゃないことに人生のほとんどの時間に費やしている日々。

 

2号
このころが一番、頑張ってなくて、一番頑張ってたかも
工場長
なんやその禅問答は

 

それでも、自分のことで会社に迷惑なんてかけれないからと苦手なりに一生懸命取り組んだ。
すると助けてくれる人たちがそこにも沢山いることに気づいた。

 

今でも前に勤めていた会社の人たちと繋がってるし、例にもれず助けてもらうことも今でも存分にある笑

 

 

そしてやり残してきた「バスケットボール」に対しては意外なところで自信を取り戻しまた復帰することになった

 

 

たまたま誘われた市民大会。

 

自分は下手だと思ってたバスケットボール。そして手放したバスケットボール。

違うことでも頑張れると思ってたけど、何かをやり残してきた感がぬぐえなかった宿敵でもあるバスケットボール。

 

でもそこには大学までバスケットを続けたプレーヤーはほとんどいなくて
自分より上手だと思っていた選手も高校までしか続けておらず、なんだか拍子抜けするくらい自分の方が生き生きとプレーをすることができた。

 

「あれ?」

 

なんだかうまくいく。すごく楽しい。
(大学時代のエースはきっとこの気持ちをあの時既に感じていたに違いない。)

 

久々に得たバスケでの成功体験。

 

そうだ、私も大学まで頑張ったんだった。

 

その時気づいた。しらない間に色んなものを積み重ねていたことに。

 

前の会社の人・バイト先の友人たちと今でも繋がっているのは、その時その時一緒になってちゃんと全力で頑張ったから

バスケの試合に誘ってもらたのは、大学まで何とか続けて頑張ってきたから。(もちろん全力で練習中などは取り組んでました)

出来なかったPCが苦手じゃなくなったのは大学時代、苦手と分かってて克服するためにその学部に入ったから

 

そして今GRIN★FACTORYで働いているのは、成功体験のあとたまたま地域実業団のチームに誘ってもらえてまた一からバスケ最優先に時間を注いだから。

それを工場長がみてくれていたから。

 

 

GRIN★FACTORYに誘ってもらった時も、そういえば絵を描くことも工作も嫌いじゃない、むしろ好き。

「やってみよう。」

 

ダメだったらまたその時考えよう。

なんとかなる。

とにかく一通りできるようになるまで一生懸命やろう。

 

 

行動することにあまりストレスを感じなくなったのはいつ頃からだろう。

 

 

器用貧乏で色んな人にけっこう無茶ぶりされて四苦八苦して何とかやってきたからだろうか。

そもそもやりたいことにブレーキをかけたことは一度も無い気もする。

「でも」「だって」なんて文字が消える瞬間がある。

 

社会人5年目で少し今までのことが積み重なってきている気がした。

 

 

点と点がつながることがあります。

それを実感したとき、過去の自分に感謝します。

 

あの時頑張ってくれてありがとうって思います。

 

そして、過去はもしかしたら変えられるんじゃないかって思いだしてます。

 

結局バスケをしてなかった時期が一番バスケに囚われてたんじゃないかって。

 

昇華させるくらいまた取り組んだら囚われることが無くなった。
過去の呪縛から抜けた気がした。

 

 

お客さんから聞かれたことで考えてみた

 

じつは、お客さんの中にインターハイに行く強豪高校にいながら、大学ではバスケはもういいかなぁ、やりたくないかも。

と思ってる人がいて、そのお母さんから進学について聞かれました。

 

娘さんはまだ高校2年生だそうですが・・。

 

なので今回自分の時はどうだったかなぁと思い返してみました。

 

「あのときこうしておけばもっと良かったな・・」という想いはありますが、後悔はあまりありません。

 

矛盾するようですが

過去は変えられるというのは捉え方で、事実は変えられません。

 

でも捉え方を学ぶのがこれからの生き方だと思うのです。

適当に自分を正当化するのも、一つの生き方だと思いますが、、

 

工場長
あんまりよくないよね、そーゆーの
2号
・・・そんな奴、嫌いや
工場長
厳しすぎる

 

私の場合、後悔したところに結局戻ってきて、腹決めて、無かったことにできるくらいまた頑張れたことで結果その先進むことが楽になりました。

 

自分の気持ちの持って行き方は様々あると思いますが、後悔という言葉だけで終わらせないように進んでほしいですし、
できることなら後悔の無いようにしてほしいです。

 

今バスケ辞めたくなってるのは、きっとうまいこといってないのでしょう笑

試合出れないとか、怒られるとか。

 

だからこそ、今結論を出すことは無いと思います。

 

とにかく今は一生懸命頑張ってほしい。

先のことを考えて楽になろうとしたって、今つらいことは変わらないよ。

今を大切に、今しかない時間を過ごしてほしいと思います。

 

 

私のダメだった過去を良いように参考にしてもらえたら幸いです。

 

 

どう続けてきたか、どう取り組んできたか。

 

それによって物事の捉え方や考え方が変わると思ってます。

 

良い物の捉え方ができるように、日々の取り組み、過ごし方はとても大切なんじゃないと思うわけです。

 

工場長
良い高校生活を!
2号
今は今しかないぞ~
工場長
出た!禅問答

 

 

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G★F2号

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部) 小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。 大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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