【GFMG】過去を変える

朝、事務所に行くと

「2号が昨日あんな話したから夢みたやん」

と出し抜けにHさんに言われました。

「へ?」

昨日の営業終了後に交わした会話はここに書けるような

オフィシャルな内容ではないので伏せますが笑

 

その会話の流れで工場長とHさんの母校の応援歌の話になりました。
(Hさんは高校・短大、工場長は短大)

 

その応援歌は、部旗に書いてある言葉を使っており、
県の決勝戦になるとそれを歌って自信たちを鼓舞していたようです。

 

それをなぜか歌いだす2人(主に大声はHさん)。

 

 

そして厳しかった、ちょっと「いってしまってた」時代を思い出し

その灰汁(アク)が強すぎて夢にまで見るという・・

 

そんなん知らんやん。

 

関係ないカニ

 

 

どうも2号です。

 

 

その夢では工場長とHさんとが母校に行って練習するというもので

なぜか自ら練習に行ったはずなのに、

練習に来てしまったことに二人して不服で喧嘩を始める、という内容だったらしい。

 

 

ちょっとリアルー笑

 

隠さずいうと、
Hさんや工場長の時代は今とは違って「殴られる」とか当たり前の時代で、

 

どうすれば痛みを軽減できるか、工夫していたことを語り合っては笑っています。

 

 

何が面白いかわかりませんが(w)、ちょっとした武勇伝(デンデデンデン・・ややこし)で

時間が経った今、笑い話になっています。

 

 

「ここに銃弾が入ってるんや」としたり顔で話してくるお爺ちゃんとかと同じ感じ。

 

私も高校生のころHさん出身の高校と幾度となく対戦しましたが、
鼻血を出しながら向かってくる形相にびっくりしたものです。

(鼻にティッシュとか詰めてたけどめっちゃ赤かった。染み出してた)

 

前半に勝ち越してしまうと、ハーフタイムに裏で何が起こっているのか
泣き?殴られ?腫らした顔で後半死ぬ気で向かってくる対戦相手(Hさんの母校)。

 

だからその高校と対戦するときは

 

「前半は勝ち越さない。何点か負けたまま後半を迎える」

 

という戦略を立てたものです。

 

(そんなさじ加減が出来るのも凄いですね、今考えると。)

 

昔の時代を良しとするわけではなく、今の時代を良しとするわけではなく

どれだけしんどい思いをしたか、とか

どれだけ努力をしたか、とか

結構大事だと思っています。

 

同じ苦しみを共にすることも大事だし、だからこそわかってあげられることもあるし

すんなり出来るようになった人よりも伝えられることって、あるんじゃないかなって思います。

 

そして、それは苦しんでる人に「安心」を与えられることとも思っています。

 

「なんか、自然にできるようになったで」

とアドバイスされるよりも

「めっちゃ練習した。めーーーっちゃ練習したから出来るようになった」

と言われた方が安心しませんか。

 

もしかしたら、自分もめーーーーっちゃ練習したらできるようになんじゃないかな?って。

(その練習内容は別として)

 

待つ方が楽です。体的には。

でも、、

自然にできるようになるなんて、いつまでどんな状態で待てば良いかもわからないから
不安になってしまうと思うんです。

結局気持ち的にはしんどい。

 

自分を信じられないというのは本当にしんどいことです。

めっちゃ殴られたし先生のこと死ぬほど恨んでたけど
これを乗り越えればうまくなれる、強くなれる。

それも一つの安心と言えば安心だと思うんです。

 

確証はないけど、しないよりも目標に近づける。

信じてやるだけ。

 

 

信じる力は偉大です。

信じる力がないと
不安だから何かにすがりたくなります。

チームのエース・学校名・有名な先生。(自己啓発本とか・・Eちゃん元気かな?)

ちょっとした安心を得るために頼ります。

 

 

自分の高校の時を振り返っても「まるで宗教やった」と思います。

 

宗教という言葉が適切かはわかりませんが

「それを信じきる」

という気持ちは一緒だと思うからあえてそう言います。

先輩は絶対だったし、先生は偉大だったし、言われたことは
必ず実行しないといけなかったし、信じるというか、自分の意志とか
明確なものとは別に、何かに突き動かされていた気がします。

 

すごく言い方悪いですけど

「そんな状態じゃないと、そこには居られない」世界がありました。

 

限界まで追い込まれて初めて何か生まれることもあります。

集中力もそうです。

緊張の中で発揮できる力もそうです。

 

自分を捨てて、チームのために動く力はそこで培われた気がします。

でも

 

盲目に突っ走る力は、意志とか考える余力を与えてはくれませんでした。

信じすぎて自分で考えることを辞めてしまうと成長はありません。

そのことを痛感したのは大学生になったときです。

 

高校生の時は絶対的な先輩からの「下知」があり

偉大な先生の七光りと指導によって何とか立ててたところがあったように思います。

 

 

でも後ろ盾を失って、先輩への尊敬心も無くなってしまったその時、

いかに自分が何も考えずひたすら盲目的に突き進んでいたかということを痛感しました。

 

そしてその「癖」のようなものは社会人になってからも
なかなか染み出せない、取り出せないこととして自分の中にあった気がします。

 

自分の中で「変換」できるようになるまで時間がかかったことを覚えています。

 

 

信じる力は偉大で、とても大切。

 

信じているからしんどい練習も、厳しい指導にも付いていくことができました。

 

でも今度は自分を信じて、何かを、一歩を踏み出さないといけないとき

また不安に駆られます。

 

何かにすがりたくなります。

 

誰かを頼りたくなります。

 

信じる力の使い方を間違うと、自分のことを信じられなくなります。

 

自分にはできないんじゃないか。そっちを信じてしまいがちです。

 

あの人に聞いてみよう、あの人にやってもらおう、あの人にあの人に・・

でもそうなると

 

あなたが「あの人」を信じていても、「あの人」はあなたを信じてないと思います。

 

それって信じるんじゃなくて「頼っているから」。

 

安心や、信じる(信頼)ってすぐには得られません。

 

また「どんなこと」に安心や信じるという気持ちを持つかによっても
進む道が違ってきます。

 

例を挙げると

「あなたは突出して上手なプレーヤーではありません」という状態。

A:めっちゃ強いチームに入る

B:弱いチームに入る

という二つの選択肢が目の前にあるとします。

 

 

どちらを選択しますか?

 

 

強いチームに入ることと、弱いチームに入ることとで目的が変わってくるかもしれません。

 

A:めっちゃ強いチームに入る
・勝ちたいから・上手な人たちの良いところを盗みたいから強いチームに入る

・強いチームに入ったから自分も上手に思える

か。

 

B:弱いチームに入る
・弱いチームに入ると自分への責任の負担がある分、勝負に何かしら影響を与えられる

・和気あいあいでじゃれながら適当にする。入る時気分が楽。

か。

 

どこの道に進むにも、信じることや、得られる安心感って違います。

 

手前に安心を求めるか、もっとさきに安心(つまり結果)を求めるかでも違ってきます。

 

よりよい選択をするために、自分がどうなりたいかを
想像することが大事なんじゃないかなーって思います。

 

私ならそうだなー上手になりたいなら強いチームに入って
ガンガン吸収しようと思うかなー。

その分、かなり努力しないといけないけど。

でも自分に力がついたら自信になるし、少し自分を信じられる気もする。

 

自分がこうしたい!ということを少しずつでも前に進んで
自分なりの結果が得られることが、「安心」することだったり「信じる」気持ちに
つながるかなーって私は思っています。

 

 

過去の「しんどかった日々」「怒られまくった日々」を笑えるのは

それによって得られた「自信」があるからです。

 

 

盲目的に頑張ったことだって、今の力になっているなら否定はしないことです。

 

 

「もっと違う頑張り方があったな」と思えたらきっと前に進めてます。

 

 

過去は変えられないと思っていましたが、最近そうではないことに気づきました。

 

確かに過去に起こった出来事は変えられませんが、とらえ方は変えられるということで、です。

捉え方を変えられたら、感じることも変わってきます。思うことも変わりますよね。

 

私は高校生の時の自分の練習への取り組み方が良かったとは手放なしでは言えません。

 

それは大学に入ってから・社会人になってから初めて思ったことです。

 

高校生の時は良いと思っていたことでも、後からとらえ方や見方を変えると違った感じ方になりました。

 

それでもその時信じて頑張ったことは、今の私を作っていると思っています。

 

昨日ブログで工場長が「悪いことできへん」って書いてましたが、

高校生の時の自分は誰から見てもちゃんとした振る舞いをしていただろうか

と考えると、そうでも無いと思います。

 

 

では最近の自分はどうだろう。

 

 

過去に起こった事象への捉え方を変えることで、自分を戒めることができるようになった今

ちょっとマシな自分が今は居るような気がしています。

 

何を信じ、何に安心を感じ、何が自信となるのか。

 

過去から今はずーっとつながっていて、急に「良い人」なんてなれないけど

過去に起こったことを捉え方を変えて、今に生かすことができたら、

 

それって過去を変えて、今を良くするってことなんじゃないかなって思います。

 

なんだか抽象的で難しい内容になってしまいましたが、何となく伝わりますように。

 

スランプ。笑

 

PS:一応昨日の続きやったんですけどねー。

 

PSP:参考にしたのはこちら

 

マチネお終わりに

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大き目バスタオルいかがですかー。

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この記事を書いた人

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部)

小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。

大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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