パンを踏ませたのは私~事件のあとがき~【GFMG】

昨日は父の誕生日でした。

  どうも、2号です。

 

トミーおめでとう。 そろそろ物欲、無くそうね。

寄り目をする姪

寄り目をする姪

  パンを踏んだシリーズ、

どうでしたか?笑

すごいアクセス数でしたが。笑

 

前編の盛り上げから後編の怖い感じへの流れ。。

(期待外れの後編だったらスミマセン・・)

 

 あんなしょうもないことは一生やりたく無いものです。

 

だいたい練習を抜ける理由がアホすぎる。

それをさせてしまった私ら4回生もダメ。

一緒の方向へ向かうということがいかに難しいか。。

試合に出てる人は良いでしょう。

でも出てない人が同じ気持ちでずっと努力し続けることは 結構難しいですから。

そこで頑張れる人がきっと素晴らしい選手になっていくのですが、 現実問題なかなか難しいところがあります。

 

  違う話ですが、先日黒子のバスケ脅迫事件の渡邊被告の最終意見陳述について 書いてある記事を読みました。

 

 

そもそもこの事件については詳しいことはあまり知らないのですが、

その記事に   「人間はなぜ努力できるのでしょうか?

という問いに対する答えが乗っていました。

 

書いているのは渡邊被告です。

犯罪者が書いたことだからという感情はあるかと思いますが、

なかなか的を得ていると思ったので紹介したいと思います。

 

「それは努力の先に勝利などの報いがあるからです。少なくともあると信じられるからです。」

続けます。

「人間はどうやって「社会的存在」になるのでしょうか? 端的に申し上げますと、物心がついた時に「安心」しているかどうかで全てが決まります。」

  ここでいう安心というのは、通常私たちやメディアが使う「安心」とは次元が違うもので、

「人間が生きる力の源」とでも表現すべきもの」 ということらしいです。

 

以下、抜粋です。

 

「乳幼児期に両親もしくはそれに相当する養育者に適切に世話をされれば、 子供は「安心」を持つことができます。

例えば子供が転んで泣いたとします。母親はすぐに子供に駆け寄って

「痛いの痛いの飛んで行けーっ!」と言って 子供を慰めながら、 すりむいた膝の手当をしてあげます。

すると子供はその不快感が「痛い」と表現するものだと理解できます。

これが「感情の共有」です。

子供は「痛い」という言葉の意味を理解できて初めて 母親から 「転んだら痛いから走らないようにしなさい」と注意された意味が理解できます。

そして「注意を守ろう」と考えるようになります。

これが「規範の共有」です。

さらに注意を守れば実際に転びません。

「痛い」という不快感を回避できます。 これで規範に従った対価に「安心」を得ることができます。

さらに「痛い」という不快感を母親が取り除いてくれたことにより、 子供は被保護感を持ち「安心」をさらに得ることができます。

  この感情を共有しているから規範を共有でき、規範に従った対価として『安心』を得る」 というサイクルの積み重ねがしつけです。

このしつけを経て、子供の心の中に「社会的存在」となる基礎ができ上がります。」

 

 

 

  時々家に来る姪っ子を見て思うんです。

きちんと見ていてあげないといけないなぁ」と。

 

一緒に遊んでいて、よそ見をせずに見てあげるととても安心した遊び方をします。

でもスマホをみたり、違う方向を見ると途端に不安な行動に出ます。

奇声を発したり、わざと注意されるようなことをして自分に注意を向けたり。

 

 

この被告は母親から虐待を受けていました。

顔が不細工だと親から言われ罵倒されることは普通のことだと思っていました。

そして学校の運動会などでビリだと激しく怒られ、次の年に頑張って3位に入っても 知らん顔されていました。

 ダメだと怒られる、良いと無視される。   被告は怒られるより、無視の方がましなので、努力します。

 

 

「人間はなぜ努力できるのでしょうか?」

 

努力に対する対価が無いと努力し続けることは難しい。

その努力自体が報われなくても、努力していることを見てあげる、褒めてあげる

それってとても大事なんだと改めて思いました。

 

 

  被告はこのようにも書いています。

 

「規範を守る対価としての「安心」を得る」というサイクルがしつけで身についていないので、

努力が対価のない義務としか思えません。」

 

何のために努力するかが分からないのです。

怒られるより、無視の方がまし。 褒められたい、自分のなりたい職種につきたい、そんな前向きな理由は なかったのです。

 

「肯定的な自己物語が必要です」 肯定的な自己物語を持てるのは、根底に「安心」があるからだということでした。

褒められたい、なりたい職種につきたい、幸せになりたい。 努力すればなれる、幸せになれる、幸せにできる。

  そう信じて行動できるのは、心の根底に育てられた「安心」があるから。

  ではその「安心」が無い場合は? 肯定的な自己物語が作れない。

だから、努力は義務になります。

 

努力しても報われない、見てもらえない。 それならしんどいことは止めて、自分の楽な方へいこう。

 

そこまで深く考えてLIVEに行ったわけではないでしょうが、 きっともっときちんと後輩を見てあげられていたら・・・

こんなパンを踏んだ事件は起こらなかったのです。

 

  「~だからLIVEに行っても良い」

「~だから犯罪を起こすのは仕方ない」

 

そんな風には思いません。 でも阻止できることはきっとできた。

 

  「愛の反対は憎しみではなく無関心です」

マザーテレサ

 

PS:それでも猫がうんこしてくるなら、、闘う気でいます。 ッニャー!!

 

【GFMGは、バスケットボールブログです。】
GRIN★FACTORY工場長&2号が、現役選手としてこうありたいという想いを 日々綴るバスケブログです。
ミニバス選手や中高バスケ選手とその保護者さんにもコメントやメールを沢山頂き、
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この記事を書いた人

バスケ歴:松陽ミニバス→中学は陸上部→甲子園学院高校→園田女子大→大阪ガス(2016年3月退部)

小5で始めたミニバスで将来を嘱望されたが、地元中学にバスケ部がなかった。周りからは越境も勧められたが陸上部に入り、全中出場を果たす。 その後兵庫県でNO,1だった甲子園学院に中学未経験ながら堂々入部。 入学時はバッシュもなく底を綺麗に拭いた運動靴で練習をし見かねて顧問の先生からもらうなど、様々なエピソードの持ち主。「涙は分泌物」と言い放ち、心が鉄のように動かないため、鉄子とも言われている。

大学卒業後は一般企業に勤め、数年プレーしない日常を楽しんでいたが、会社の飲み会にてたまたま大阪ガスの試合に誘われ流れのまま入部。 工場長と出会う。チームでは常に30点は得点あげていた絶対的エース。

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